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今日は朝の7時に起きた。

やっぱり私は朝に起きて仕事をする方が体質的にあっているらしい。

相方に付き合って夜中まで事務所にいて

進みもしない仕事に向き合ったこともあるが、

日中の運転と打ち合わせで疲れているうえに、

さらに苦手な夜中の仕事は精神的にも体力的にも参ってしまう。

 

この前相方にその件を打ち明けた時に、

俺は夜型だから、お前の変える時間を気にして仕事するの嫌だったからよかった!

とのお言葉を頂きまして。

 

朝7時に起きて仕事して、

日中は打ち合わせにでて、

帰宅してのんびりするというルーティンが出来つつあります。

幸せの極みですね。自分に合った生活ってだいじ。

イライラもしなくなったし、ほんとに精神が安定。

 

今日はいい天気だったし、

朝から日光浴(という名のただ朝日をあびているだけ)をした。

頭のてっぺんから足の先まで、

光合成をしている気分になれる。

そして光合成が出来た日は、

1日がとても充実している気がする。

朝日の力って偉大だとおもう。

 

結局何だかんだで、人間は素晴らしい技術を持っているけれど、

一番尊いものは自然と人間以外の命な気がする。

人間は他の動物と違っていろんなことができる(運転をしたり、何かを買ったり)

その分、いろんな悩みにも直面する。

 

仕事があるから仕事のことで悩む。

じゃあ仕事がなければ?生活できるのであれば大した悩みはないだろう。

なんにもなければ、何の悩みもないのだと思う。

 

だから私は極限に何もない状態の自分を保っていたい。

ただでさえ会社をやっているのだから。

会社のことで手一杯。

それ以外のことに頭を使いたくない。

 

だから、着るものも持ち物も、

最小限でいたい。

何かに気を遣うことがめんどくさい。

バックの手入れ、靴の手入れ、コートの手入れ、

そういったものを楽しんでできる人のことは心底尊敬する。

私には時間の無駄としか思えない。

手入れが必要なバックを買うよりも、

手入れしなくても使えるバックを持った方がよっぽど効率的だ。

 

無駄なことを楽しむことの大切さもわかるけれど、

無駄なことを楽しんだ先に何があるのかと考えてしまう。

まあその人にとっては心安らぐ時間なのだろうから、

あくまで私の考えだけれど。

 

ものの見方についても十人十色だ。

例えばテレビで事件のニュースをみて大多数の人がかわいそうね、と思っても、

それ自分のフィルターをとおしてニュースを解釈しているだけだから、

真実かどうかは分からない。

 

この世の中に仁義とか道徳とかで何かが決まることはないとおもっている。

たとえば仕事ができない社員が残業をしていて、残業代請求を求めて裁判を起こしたとする。

法廷に行って、あいつは仕事ができなかったからしょうがないんだ、という。

それが通るか?答えはノーだろう。

仲間内での会話ならありなんだろう。

あいつほんと仕事できないからこれくらい働いてもらわなきゃ割に合わないよ、と。

ただ実際に物事の成否をきめるのはルールなのだ。法律なのだ。

そこに感情論を持ち合わせたところで、

裁判官がひっくり返るかといったらひっくり返らないだろう。

世の中とはそういうものだ。

ルールがすべて、法律がすべてなのだ。

何をもって正解とするか、は、

感情論ではなくルールや法律なのだ。

 

それに気づけると、世の中のたいていのことは乗り越えられる。

いくら感情的になったところで1円にもならない。

ルール違反にならないように、生きていくしかないのだ。

それがホワイトカラーということなんだろうと思う。

 

私はホワイトカラーの両親に育ててもらい、

一般的な常識を教わったし、

人に対してこう接しなさい、

自分に正直に、謙虚に生きなさい、と教えてもらうことができた。

私は両親に育ててもらったことを誇りに思っている。